| たぬきもねずみも、どんと来い! | 2008.02.09 Sat |
みなさ〜ん
新年快楽!
え〜
早くも初三ですね(旧暦1月3日)
今年は2004年以来の
白い息が出るくらい寒い旧正月
ということでなんだか新年という感じが
いっそう感じられます。
でもお正月なのに台北市内の
車は多いしお店も開いているし
なんだかそこら辺は
だんだんお正月っぽくなくなりましたね。
これは日本も同じですかね。
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台湾の旧正月。
日本のお正月とちょっと違うところは
日本で言う12月31日の大晦日に
家族や親戚が集まって一緒に
わいわいがやがや
たくさんの料理を食べる、
というところです。
日本は1月1日の元旦に
おせちや何やらをみんなで食べますが
それが台湾では大晦日に当たる日に
することになります。
なので
行く年来る年…ゴーン。という
年越し!という感覚はありません。
31日大いに騒ごうじゃないか!
というのが一番のポイント。
にぎやか!ということで
じゃらじゃらマージャンはもちろん
花札やら台湾版チンチロリン
(4つのさいころを振って遊ぶもの)
なんかもやっちゃうわけですよ。
もちろんマニー有りで。
賭け事に意味があるんじゃなくて
みんなで集まって騒いじゃおう!
ってことに意味がある!
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なぜか私たちが結婚してから
(引越ししたってせいもあるけど)
ミラクル母さんは長女でもないのに
うちに集まることになった我が家。
何が怖いかって
8人兄弟姉妹なんですよ。ミラクルさん。
その兄弟姉妹家族が集まると…
ざっと32人!!(゚ロ゚屮)屮
嫁てんてこ舞い。
目がくるくる頭フラフラ。
こんなに人が集まっていると
軽くネズミ集団みたく見えます。
今年は去年よりも
慣れたせいもあってかなくってか
にぎやかで楽しかった。(棒読み)
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大晦日が終わると
次の日はみんな家族で
お参り(拝拝)に行ったり
親戚の家に挨拶に行ったりします。
台湾のお正月は日本よりも
家族が集まる大事な日!という
感じがしてあったかい。
似ているようでちょっと違う
日本と台湾のお正月です。
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鼠年いいことあるかな?
いつもクリックありがとうございます!
| 清明節 | 2007.04.05 Thu |
ココ最近気分がどよよ〜んとしていてブログの更新も怠ってしまいました・・・。コロコロ変わる天気のせいかしら?なんなんでしょう??このモヤモヤは。。。うぅ。気分を入れ替えてがんばるぞ〜!
さて、今日は清明節。
日本のカレンダーにもある清明ですが、祝日の少ない台湾ではめずらしい「休日」扱いになります。今日から4連休なんて会社も多々。多くの家庭では家で料理をお供えして拝拝したり、地元に戻ったり、みんなでお墓参りに出かけるという日で、1年の中でも大切な節日です。
ところで清明節=お墓参りというのが台湾での決まり(?)ですが、なぜお墓参り?
コレには中国5000年の歴史にヒントがあるようです。漢族最初の統一国家を建設したといわれる黄帝(中国古代の伝説上の帝王・姓は公孫、名は軒轅・五帝の1人)は衣服、器具、貨幣の制定や六書など現代に至る文化的基礎を築いた人であります。この黄帝の出生年月日が紀元前4608年4月5日であることから、その日に黄帝をはじめとするご先祖様がしてくれたことを忘れずに感謝をする意味でお墓参りをするようになったようです。
このように中国の古くからの習慣としてお墓参りをするのが一般的になっていますが、政府はこれを利用して民族精神を高めようとしていたのではないかとも言われています。また「清明」という名前の由来は他の節日同様、古代の天文学者が定めた24節気から取った名前です。
ヘ~(*´・д・)(・д・`*)ソウナンダ~
そんな清明節、我が家は今年は今週末土日にお墓参りツアー(?)です。
| 冬至といえば・・・? | 2006.12.23 Sat |
昨日12月22日は冬至でした〜。
旧暦の場合12月22日が冬至ですが新暦でいうと23日が冬至。なんだかややこしいですが台湾は日本同様、旧暦で冬至を迎えます。
日本の冬至といえばかぼちゃ&ゆず湯ですが・・・
台湾の冬至といえば湯圓。
右はお豆と一緒に煮た甘〜い湯圓、左はキノコやお肉などが入ったスープ感覚で食べる湯圓。
甘い or しょっぱいメニューどちらにするか決まりはありませんが昔から冬至という節日は重要視されており、冬至にこれを食べることによって「1歳年をとった」ことを確認するという意味があります。無事に冬を越すという祈願もあったのでしょうね〜(´ ▽`).。o
現在では冬至でなくてもいつでもこの「湯圓」を口にすることができますがやっぱりこういった昔からの習慣は大切にしたいものです。
みなさんは食べましたか〜?
| 嫦娥奔月&月餅 | 2006.10.05 Thu |
今年は10月6日(旧暦8月15日)が中秋節。
9月に入ってすぐ "月餅コンビニ先行予約" について書きましたが、気がつけばもう目の前!!そこで今日は中秋節&月餅由来のお話(´ ▽`).。o
中秋節
1年の中で一大イベントとなっている中秋節。大人も子供も楽しみな一日です♪そんな中秋節で一番知られているお話が「嫦娥奔月」。知っている方も多いかもしれません☆
時は堯の時代、ある日突然空に10個もの太陽が現れました。
10個もの太陽です。地上の作物は枯れ果て、河の水も枯れてしまいました。玉皇大帝(神さま)は射手として有名な后羿とその妻・嫦娥を呼び寄せ、后羿に太陽を射落とさせることにしました。
百発百中の射は瞬く間に太陽を射落とし、大地には緑が戻りました。
農民たちは大いに喜び、この救世主后羿を共主(この頃は皇帝がいなかったのでこの名前)として仰ぎました。しかし共主になってからというもの、后羿は毎日栄耀栄華を極め、とても贅沢な暮らしを続けました。その反面、農民たちはとてもつらい苦しい生活を送ることになったのです。
そんなことには目を向けず、后羿は何もかも手に入れ生活をしていましたが、彼にも一つ手に入らないものがありました。
「もし不老不死の薬が手に入ったらどんなにいいことか!」
そうです。不老不死の薬。彼はその薬を捜し求め北から南、西から東と飛び回りました。そしてついに捜し求めていた薬を西王母から2粒、手に入れたのです。
后羿はとても喜びこの薬を持って帰るなり嫦娥に渡し、良い日を見つけてこれを2人で一緒に飲もうと約束しました。けれども、嫦娥はそんな喜びでいっぱいの后羿が支配する農民たちの苦しみを知っていました。
「これを飲ませてはいけない」
と確信した嫦娥は后羿のいない間に2粒とも飲み込んでしまいました。
知らせを聞いて慌てて帰ってきた后羿は時遅く、嫦娥の体はみるみるうちに軽くなり、浮き上がって月のある方へと飛び立っていきました。
こうして中秋の名月、中国ではお月様の中には嫦娥がいると信じられるようになったのです。
月餅
中秋節といえば月餅。月餅にも昔話があります。
宋朝末期、モンゴル族の祖先 "韃靼"(ダーダー)が南に侵略し、占領した中国に元朝を建てました。
彼らはこの土地にいる漢人を権力で押さえつけ、とても厳しく取り締まりました。この厳格体制の下、漢人は静かに暮らしていたのです。
ある年の8月15日、漢人の多くの家庭で丸いお菓子を焼き、隣の里や近所に配っている姿を監視人が見つけました。監視人は「おかしい」と思いもちろん何をしているのかと問いただすと漢人たちはこう答えました。
「これは私たちの古い慣わしの中秋月餅です。月を愛でながらこれを食べることで家族が一緒になるというよい言い伝えがあるんですよ」
監視人はこれを聞いて十分納得し、これ以上疑いませんでした。
しかしこの月餅、実際1つ1つ小さい紙が埋め込まれていました。紙には
「大晦日の夜、"韃子" を殺す」
韃子はもちろん韃靼。この方法は漢人たちに無言の間に知らされました。
そして数ヵ月後、漢人たちの作戦通り元朝は滅びました。
この時から「中秋節に月餅を食べる」という習慣ができたようです。
いろんないわれがある中秋節ですが、なんだかんだ台湾ではやっぱりバーベキュー!!
今年も私たち2人はお友達と一緒にバーベキュー大会?祭り?になりそうです♪たのしみっ♪
お天気よくならないかなぁ・・・心配(´・ω・`)
*それぞれの昔話はいろいろないわれがあるので多少違いがあります。














